木もれ陽散歩道 韓国の「正しい歴史認識」という歴史修正主義
                  
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歴史修正主義という言葉がある。
歴史的事実とされていることをあえて正そうとすることを悪とする考え方だ。

けれどもそれでは、事実とされている事の中に誤りが見られても修正することは困難となる。
今はそれが一般的な常識としてまかり通っている。
間違いを正すことができないというのは大いに疑問があるのにできないのは、
実は歴史は勝者によって作られるという事実があるからだ。

歴史修正主義者を批判するアメリカ人の親日的知識人の意見から感じたことは、
歴史に修正を求めることはファシズム、ナチズムに近い思想犯とみなす強固な拒否反応だった。
日本は東京裁判でファシズム同等国家として有罪を受けたのだから、歴史に注文をつけてはダメなのだというわけだ。
ただ地球的正義がどちらにあるかと問われるならば、2発もの原爆を日本に投下したアメリカに人道的正義はあったかという問題がある。
日本に戦争全般にわたってどれほどの侵略性があったのかといえば、アジアのほとんど全域が欧米との日本の戦争行為によって独立していったことを思えば、
侵略者は実は欧米だったのではないかという考え方もあり、その場合正義は逆転するのではないだろうか。

歴史修正主義に対してNGを突きつけている国は結局は批判に対してNGを突きつけているのであって、
時刻の立場を正義とするための自己正当化のための手段に過ぎないのだろう。

それを日韓の立場に絞って考えてみれば、
日本の釈明を聞く意思なしとする韓国の「正しい歴史認識」は、原罪を日本人に植え込んで、
思考停止に陥らせるための常套手段で、歴史を修正させないようにする自己正当化にほかならない。
「南京虐殺(大虐殺が中国による捏造・プロパガンダなのは明らかななっている)」や「従軍慰安婦」(日本の軍隊に慰安婦の従軍制度はない)といった正しくない歴史をただそうとすることが歴修正主義として片付けられることが本当い正しいはずがない。
「正しい」歴史認識を求めるのなら、まず自国の歴史の誤りから正すべきだろう。
自ら都合の悪いことは平気で捏造して、日本の正しい歴史をそれに合わせるように求めることが歴史の修正主義を正そうとすることだというのなら、
これほど間違った歴史に対する認識はない。
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