木もれ陽散歩道 2013年02月
                  
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人は誰しも一部の例外を除けば左翼的傾向を持っているのだろう。
それはおそらく、人が心の中に持っている神に逆らって怠けたいという感情に起因しているのだと思う。
その感情が極端に強まれば神の否定に結びつくのではないか。
神への信頼がやがて信仰になり宗教につながって秩序を産むのなら、秩序の基準は正しい信仰にあるのだろう
だとしたら唯物論・無神論で出来ている左翼の思想は明らかに人々の神への信仰を弱め、世界の秩序を乱すのだと思われる。。
ただし人は誰しも左翼的傾向を持ち合わせていると思われる以上、いつでも自分が世界の秩序を乱す側になる可能性は否めない。
神に逆らって怠けたいと思う思想が左翼の中心的思想ならば、
そのためには神を否定するのではなく、真正面から神と向き合う事が不可欠だ。

その対極にある思想は、人間が無限に向上を目指し良き存在になろうとするための神との対話だと思う。
神との対話によって人間性の向上を目指すことこそ宗教の本来の意義だし存在する意味がある。
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物事の善悪を考えるとき、
どうしても宗教は欠かせない。
オウムのような元から行かれた思想でない限り、
宗教こそ物事の善悪を判断する絶対的価値基準になるからだ。
あらゆる学問においてもその基本は変わらない。

私は経済を学ぶうちにそう実感した。
その価値基準がおかしくなっているからこそ、
世界経済が行き詰まってきたのだと思う。
そして優秀な学者で宗教への進行を持たない者は一人として存在しない。
日本は太平洋戦争を国内の左翼勢力と戦いながらまた、
アジアの独立のために決然と立ち上がって戦った。
確かに日本は戦争に負けた。
しかし勝ったアメリカに正義があったと言えるのか?
アメリカは日本に勝利するために二発もの原爆を投下して
一般の日本仁たちを虐殺したではないか。
そこに一体正義はあっただろうか?
原爆というアンフェアな殺戮兵器を使ってでも、アメリカが日本と戦いたがったのは、
満州の権益を我がものとしたかったからではないか。
西洋によるアジアの支配権の確率、植民地化の完成を阻止できるのは
唯一日本の軍事力の他なかった。
その意味では日本の戦争には正当な権利が認められる。
日本で行われているような左翼史観による自虐教育はまったく不当であるといえる。
連合艦隊司令長官山本五十六の遺志を引き継げばあの戦争の目的はアメリカに勝利することではなく、
日本の権益を認めさせるための講話にほかならなかった。

日本は再び当時のような状況の中で国難の時を迎えている。
その日本には当時のような誇りと自信が損なわれている。
アメリカ替わって日本を追い込もうとしているのは中国。
しかし中国はアメリカ以上に狡猾だ。

日本はどこまで本気で自分で自分の国を守る意思があるのか試されている。
必要があれば戦うことも主権国家としての当然の権利だ。

自国を守るために戦うことはその国にとっての正義だからだ。
その正義を、日本にとっての正義を今、世界から日本の全国民に対して問われている。
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