木もれ陽散歩道 手話
                  
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2008.08.20 手話と宗教
手話で感情を表現する方法はいろいろあるだろう。
でも感情以外の抽象的な概念を表現する場合は
どうなのだろう。

たとえば宗教だ。

中でも仏教のように比較的複雑な教義体系を持つものは、
特に生来のろう者には非常に説明困難な気がする。

また説明できたとしても、
それが理解につながるかどうかは別の話だろう。

手話通訳の世界は宗教の分野に間口が狭いと聞く。
憲法で保障された信仰の自由は、
健聴者だけに向けられたものだはないはずだ。
ろう者も同じ日本人として同等の権利を持っている。
ろう者の思想や教養を深めていくためにも、
これは掘り下げてみたい一つの課題だと思っている。


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2008.07.29 手話コーラス
手話コーラスで合唱したことのある人なら
分かると思うけれど、手話コーラスで使う
手話表現は必ず詩も歌詞の語順にならない
ことがある。
これは会話と違い、歌詞の詩的表現は手話への
直訳になじまないからだ。

でも手話経験の長い人は見事にそれを解決してくれる。
日本手話の表現をたくさん知っているからだ。
その点では歌と言うのは日本手話を学ぶための
格好の材料かもしれない。

上手に訳された歌は手話の表現がものすごく
美しいのだ。
日本語対応の手話だけではそれは決して無理だと思う。




2008.07.24 手話の方言
手話にも地方によって方言がある。
地名の呼び方のほかに、
言葉の表現方法なども地方によって
違ってくる。
私の住んでいる富山県で言えば、
手話の《富山弁》と言ったところだろう。
そんな方言手話や高齢者だけが使う手話を、
『富山の手話』として映像にまとめ、
DVD化しようという動きがある。
北日本新聞08年5月11日付記事
手話通訳や世代の違う聴覚障害者同士の
コミュニケーションに役立てようということらしい。
現在の進行状況は詳しくわからないけれど、
今まで無かった試みだけに十分期待出来ると
思う。
日本のろう教育は永く口話法によって行われていました。
相手の口の動きを読み、自分の口で会話する方法です。
補聴器が発達してからは聴覚口話法ができました。
より聴覚を活用した口話法です。

私の所属していた手話サークルの会長さんは現役の
ろう学校の先生でしたが、サークルの同じろう学校の先生方と
手話を禁止しているろう学校の現状をよく嘆いておられました。
ろう学校の教師の中には生徒が手話を使っているところを
見かけると相当厳しく叱りつける人もいるとのことでした。

どんなに口話法が発達しようとも、ろう者である生徒たちにとって
手話は意思を伝達し合う最効率の手段です。
それを禁じて取り上げよとする教師たちには生徒たちの苦痛が
わからないのでしょう。

彼らが一日も早く、日本手話による教育を全国で受けられる様に
なることが切に望まれます。

                 s-080717_1805~01
手話をテーマに何回かに分けて不定期ながら書いてみたい。

以前、私は手話サークルに所属していたことがある。
身に付く前に辞めてしまったけれど、私たちが教わるのは
通常《日本語対応手話》だ。
ろう者の人たちが普段使うのは、《日本手話》である。
この《日本手話》こそがろう者の真実の『言語』だ。
その語順は日本語とは異なり、《日本語対応手話》だけでは
意志の疎通が難しい。

その違いについて読売新聞の2008年5月12日の記事が参考に
なると思う。
URL: http://osaka.yomiuri.co.jp/possibility/news/ps80512b.htm

一読して頂ければ解るとおり、健聴者とろう者の間には
まだまだ深い溝がある。
同じ日本人でありなら、
言葉の上ではお互いに異邦人なのかも知れない。 (続く)


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