木もれ陽散歩道 福祉・医療
                  
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強調文

患者8人への移植終了=家族承諾6例目脳死
(時事通信)[ 2010年9月5日12時18分 ] 
 
 家族の承諾による6例目の脳死移植手術は5日、福島県立医大病院など7病院で終了した。1人のドナーから一度に8人に臓器提供する初のケースだったが、経過は全員良好という。脳死移植は93例目。

 心臓は東京女子医大病院で20代男性に、肺は岡山大病院で20代男性=北海道在住=と京都大医学部病院で50代男性に、腎臓は福島県立医大病院で40代と50代の男性にそれぞれ移植された。

 肝臓は名古屋大医学部病院で50代女性に、膵臓(すいぞう)は藤田保健衛生大病院(愛知県豊明市)で20代女性に、小腸は九州大病院で20代男性に移植された。 


Yourpediaより http://ja.yourpedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%AD%BB

意識は絶対ないとされているが
意識が一切ないとされている深昏睡の場合でも、外の会話を知覚し、意識回復時に再現することがたまにあり、深昏睡の時でも「内的意識」が存在していたとされる。心肺停止状態と判定された患者が意識回復したさい「ご臨終です」とかの判定状況を再現できる場合がある。「脳死」の患者に、「内的意識」は絶対ないはずであった。しかし、脳死と判定された患者の意識回復例では、脳死と判定されたときの会話を聞いて再現している。また、家族が来ているときに脳死患者でも血圧が上がることもある。

体温、汗、涙
体温は、長時間正常である場合が多い。脳死の患者に麻酔なしで、メスを入れた際、大粒の汗が出てきたビデオがNHKで放映されていた。また、脳死の人に声をかけたら涙を流したという脳外科医師の証言もある。これは、「情動の座」たる視床下部の機能がまだ失われてないとする状況証拠となりうる。

血圧の変化
臓器摘出直前のメスを入れた際、血圧が上がることがよくある。刺激により、血圧が上下することはよくある。1999年2月の高知赤十字病院の脳死判定後の臓器摘出の際、血圧が 120mmhg から 150mmhg に上昇した。


家族が来ているときに脳死患者でも血圧が上がることもある
◎麻酔なしで、メスを入れた際、大粒の汗が出てきたビデオがNHKで放映されていた

 脳死を人の死とした場合、この様な反応に対してどのような説明をするつもりだろうか?
麻酔なしでメスを入れた時涙を流したり血圧が上がったりするのは、体が反応している証拠だ。
脳死者は当然しゃべれないので痛みを口にすることはできない。
だからと言ってそれをし者として扱うことは不当だ。

家族が来たときに血圧が上がるのは何とかして自分の思いを伝えたいと思うのに体が動かせないからだと考えられる。
家族が来たことを理解している。つまり『生きている』ということだ。

家族をどう納得させて承諾させているのかは知らない。
しかしこのような事実を知った時、果たして臓器移植にイエスと答えられるだろうか?

改正臓器移植方が7月に施行されてから現時点で6例目の臓器移植はペースが速いように感じる。
法改正(悪)はやはり脳死臓器移植を迅速化するための強硬策だったのではないだろうか?

人は生きている時その魂と肉体が霊子線で繋がっている。死を迎えて霊子線が切れるまで通常24時間かかる。
通夜はそのために設けられている。
脳死を迎えてもその霊子線が切れていなければ人はまだ死んではいない。

脳死は人の死と認めるのは人を肉体という物質のみで捉えた唯物的な見方から来ている。
脳死臓器移植は脳死者本人に臓器を取られる時の痛みに耐える覚悟がなければ到底容認できない。
本人の意思とは無関係に家族の承諾のみで移植が可能な今回の法改正(悪)は、人の死に対する知識を失った現代人の
極めて傲慢な考えに基づく判断だと言わざるを得ない。
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<てんかん>防止のたんぱく質を特定 日米のチームが
1月26日5時0分配信 毎日新聞
 脳内でてんかんの発症を防いでいるたんぱく質を、自然科学研究機構生理学研究所(愛知県岡崎市)の深田優子准教授(神経科学)ら日米のチームが特定した。別のたんぱく質と結合して、脳の神経細胞の興奮を上手に調節しているらしい。25日付の米国科学アカデミー紀要(電子版)に発表した。

 てんかんは神経細胞が過剰に興奮する疾患で、人口の約1%が発症するといわれる。症状や背景は多様で、発症の仕組みはよく分かっていない。

 チームは06年、神経細胞のつなぎ目のシナプスから「LGI1」というたんぱく質を発見した。病気との関連を探るため、LGI1を作れないマウスを作ったところ、すべてが生後2~3週間で重いてんかん発作を起こして死んだ。

 さらに、健康なマウスのシナプスで、LGI1の働きを調べた。その結果、LGI1は神経細胞の外に放出された後、別の2種類のたんぱく質と結合し、シナプスに橋をかけるように存在すると考えられた。一方、LGI1を持たないマウスは、両たんぱく質がシナプス周辺に存在しなかった。チームは3種のたんぱく質が正常に結合することで脳の興奮を調節し、てんかん発症を防いでいると結論付けた。

 人を対象にした欧米の研究では、ある種の遺伝性てんかんの約30家系でLGI1遺伝子に変異があることが分かっている。チームの深田正紀教授は「てんかんの新たな発症メカニズムの一端を解明できた。LGI1を補うなど、新しい抗てんかん薬開発につながる可能性もある」と話す



私は間近でてんかんの発作を見たことがあります。
てんかんの発作の重度のものは転倒し泡を吹き全身けいれんを起こします。
でも程度の差があって、発作が軽微な人は服薬だけで発作を抑制できるために日常は健康な人と見わえが付かに事の方が多いです。

こうした研究が進み抗てんかん剤の新薬が出来ることは、転換を持っている人には朗報だと思います。
より効率的にてんかんの発作を抑えることができるようになれば社会生活に支障をきたさず生活出来る人が増えるからです。
病気が遺伝子レベルで解析されることで、難病に苦しむ人達にも希望の未来が開けて行く事を願って止みません。
まだ「死んでいない」臓器を取り出して、移植をするための条件を緩和してより移植しやすくすrための臓器移植法改正案が昨日(7月13日)参院で可決され一年後の施行が決定しました。
この法案によって人の死の定義が変えられてしまいましたが、「脳死は人の死」と言う定義に違和感を覚える人も多いと思います。

一方で再生医療の研究も進んでいます。
人体に再生を促すものとしては細胞外マトリックスという粉末状の物質がすでに実用化されアメリカの医療現場で使われています。
この細胞外マトリックスで切断した指が再生した話は有名です。

またES細胞や、iPS細胞のように人体のあらゆる組織に分化する細胞の研究も盛んです。
最近の研究ではこうした機能を持つ細胞は特殊なものではなくごく普通に人体の中に備わっているらしい事も分かって来ました。
まだ仮説の域を出ませんが、私はこの説は正しいともいます。
これらの再生医療の研究がもっと進み臓器再生レベルまで到達してくれることで、「脳死臓器移植」に歯止めをかけてくれる日が一日も早く訪れることを願ってやみません。
改正臓器移植法が成立参院A案を可決7月13日13時9分配信 産経新聞

 脳死を一律に「人の死」と位置付け、臓器提供の年齢制限を撤廃する改正臓器移植法(A案)は13日午後の参院本会議で可決、成立した。同法が平成9年に成立して初の改正となる。これまで禁じられていた15歳未満の子供からの臓器提供が可能となるほか、本人が生前に拒否表明していなければ家族の同意のみで臓器提供できることになるため、国内での臓器移植は拡大するとみられる。

 改正臓器移植法は中山太郎衆院議員らが18年に提出。「脳死は人の死」を前提に、15歳以上となっていた脳死後の臓器提供の年齢制限を撤廃する。臓器移植する場合に限り脳死を「人の死」と認める現行法の該当条文を削除した。本人が生前に拒否していなければ、家族の同意で臓器提供が可能になるが、本人や家族が脳死判定を断ることもできるとしており、提出者は「法的には脳死が人の死となるのは臓器提供の場合だけ」と説明している。親族への優先提供も認めた。

 採決は押しボタン方式で行われ、共産党を除く各党は「議員個人の死生観にかかわる問題」として、党議拘束を外して採決に臨んだ。投票総数220票のうち、賛成138票、反対82票だった。

 一方、A案に先立ち、A案の骨格を残しながら臓器移植する場合に限り脳死を「人の死」とするAダッシュ案は反対多数で否決(投票総数207票、賛成72票、反対135票)。また、現行法を維持しつつ、「子ども脳死臨調」を設置して1年間かけ子供の脳死判定基準などを検討するE案は、A案が先に可決されたため採決されなかった。


個人的には心臓が止まらなければ人の死とは言えないと思っています。
実際、脳死状態でも人は何年も成長し続けると言います。
これで死んでいると言えるでしょうか?
死人は成長しません。
それなのに「脳死」を人の死とすると勝手に国会議員が決めて良いのでしょうか?
こんな重要なことはそれこそ国民投票を行えばよいのではないでしょうか?

この法案は脳死患者を身内に持つ人達の思いを完全に無視しています。
なんだか薄気味の悪い法案に思えます。
この法案に賛成した議員は衆参合わせて皆、「自分が脳死になった時は移植可能な臓器をすべて提供します」という誓約書を提出するべきです。
その議員にとって脳死は人の死だから別に構わないでしょう。
それくらいの決意がなければ人間の死生観を歪めるべきでは無いと思います。
2008.08.20 手話と宗教
手話で感情を表現する方法はいろいろあるだろう。
でも感情以外の抽象的な概念を表現する場合は
どうなのだろう。

たとえば宗教だ。

中でも仏教のように比較的複雑な教義体系を持つものは、
特に生来のろう者には非常に説明困難な気がする。

また説明できたとしても、
それが理解につながるかどうかは別の話だろう。

手話通訳の世界は宗教の分野に間口が狭いと聞く。
憲法で保障された信仰の自由は、
健聴者だけに向けられたものだはないはずだ。
ろう者も同じ日本人として同等の権利を持っている。
ろう者の思想や教養を深めていくためにも、
これは掘り下げてみたい一つの課題だと思っている。


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